湧水の畑の「水前寺のり」
丹生慶次郎さんと |
「水前寺のり」を次世代へ継承すること(シニア野菜ソムリエ 持田 成子)
年間通して18.5度の湧水の畑に、ぷかっぷかっと浮かぶ不定形の濃緑色の物体、これが「水前寺のり」。ぷるぷるとした食感が印象的な、日本固有の淡水性藍藻だ。
ひご野菜※のひとつでもある水前寺のりの歴史は古く、江戸時代には細川藩から幕府への献上品であったと聞く。発祥地である上江津湖は1924年に国の史跡名勝天然記念物に、また、九州の一部でしか生息できない稀少なものであることから絶滅危惧種に指定されている。
名前が物語るように、かつては熊本でも自生しており、水前寺成趣園の湧水池から発見されたことがその名の由来である。
日本料理の高級食材として珍重されている水前寺のり。県内唯一の養殖家で、種を守り続け次世代に繋いでいくために、献身的に取り組んでおられる丹生慶次郎氏の湧水の畑に伺うと『これがのり!』とすくい上げ、愛おしそうに語ってくださるお姿に感銘を受ける。
食材としてその魅力を伝え、需要を増やすために、丹生氏とともに研究者や料理人、食品加工業者等で構成される事業推進会が結成されている。その一員として食べ方の提案等のために試作を重ねる中で驚嘆したことがある。それは、他の素材と合わせると、水前寺のりを少量加えただけでみるみるうちに変化する保水力だ。研究で明らかにされている「スイゼンジノリ多糖体」である。
細胞体を覆っている寒天質がまわりの水分を吸収すること、合わせる素材に水分を与える役割をするという特性を活かすことは調理や加工の方法も鑑みて、かなりハードルの高い食材だと思う。しかしながら幅広い世代にこの食材の価値と味を伝承していくために、「日本料理の食材」という固定観念を取り払い様々なジャンルで、「水前寺のり=ポン酢で食す」、に囚われない食べ方の可能性を、メンバーの知恵を結集して探求していくことが必要であろう。
美しい水がなければ生きられない希少水性植物、水前寺のり。シニア野菜ソムリエとして、江津湖のほとりで湧水と戯れながら育った者としても、熊本の宝の食材を次世代に継承していくため、新たな食文化の可能性を広げる役目を果たしていけたらと思う。